亡くなった夫の不動産を子供名義にしたら妻の肩身が狭くなるかも!?【相続登記】
私は日々、事務所に来るお客さんに対して
「脱税はダメですが、将来の相続税を減らす節税はガンガンやりましょう!」
と言って、その家庭に最適の節税対策を提案させてもらっています。
ですが、「将来の相続税が1円でも安くなるから」と、なんでもかんでも節税対策を講じれば良いという訳ではありません。
相続税の節税対策を行うと、時に、自分の生活さえも脅かす悲惨な事態を招くことがあるのです。
ですので、今回の記事では以下のテーマに沿ってお話していきたいと思います。
①相談者の方が行った節税対策(不動産登記の一代飛ばし)
②老後に財産を手放してしまったことにより起こった悲劇
③老後も安心して生活するための遺産分割方法
目次
【この記事の内容を動画で見る】
この記事と同じ内容を、【動画】でも見て頂けます。
記事を読みたい方は、このまま下に読み進めて下さい。
①相談者の方が行った節税対策
ではまず、当事務所のお客さんが良かれと思って行なった節税対策の内容についてお話していきます。
相談者の菊さん(仮名)は2年前に夫を亡くし、相続人3人で『遺産分割協議』を行いました。
亡くなったご主人の財産構成としては、以下の通り不動産がメインだったそうです。
金融資産:殆ど無し
不動産:1,000万円 (土地:800万円、建物:200万円)
財産額が『相続税の基礎控除』を下回るので、ご主人の財産に相続税はかかりませんし、相続税の申告も当然必要はありません。
しかし不動産の名義変更をするためには、登記費用として『登録免許税』などの税金が掛かります。
当時の遺産分割において、夫が遺した財産を〝誰の名義にするのか〟を相続人3人で話し合った際、
「菊さんの名義にする」という案も出たそうですが、彼女自身が
「順番から言って、次に亡くなるのは私だし、私が今回相続したら不動産の登記費用だって2回分かかってしまうんだから、長男名義にしておきましょう。」
と言われたそうです。
長女もこの意見に同意し、亡くなった夫の土地・建物は長男名義としました。
確かにこの方法をとれば、
家族全体が支払う不動産の『登記費用』は、
● ご主人から菊さん、菊さんから長男の2回分から、
● ご主人から長男の1回分で済みますから、
今回のケースですと約10万円の節税ができたことになります。
しかし菊さん自身は、この節税対策を取ってしまったことにより、この後とんでもない目にあってしまうんです。
②老後に財産を手放してしまったことにより起こった悲劇
先ほどの遺産分割の話から2年後、菊さんは当事務所を訪問されたのですが、その際の相談内容というのが
「先生、今から主人が残してくれた土地・建物を私の名義にすることはできませんか?」
というものでした。
その理由を聞きますと、
2年前の遺産分割以降、菊さんは長男夫婦とその孫と一緒に暮らしているのですが、
長男の奥さんが、「菊さんには何の財産もない」と思って、事あるごとに菊さんをないがしろにしている。
という事でした。
確かに、嫁姑の折り合いが悪ければ、〝何の財産もない姑を嫁が厄介に思う〟ということは、一般的に有り得る話ですよね。
ですがもし、今みんなで住んでいるこの土地・建物が菊さん名義であったらどうでしょう?
極端な例ですが、菊さんがどうしても長男の奥さんの行動に我慢できない場合には、
● 土地と家を売却し、
● そのお金で老人ホームに入る
というような選択肢も生まれてきますし、長男の奥さんも、
〝姑である菊さんにあまりの態度をとれば、菊さんが怒って家を売却する〟
という可能性を考えるはずです。
そうすれば彼女も住む家が無くなるわけですから、菊さんに対して手のひらを返したような態度は取らなかったのではないでしょうか。
ですが、現実問題として不動産の名義は息子の物で、菊さんには自分自身の財産がありません。
では菊さんは今からどうすれば良いのでしょうか?
③老後も安心して生活するための遺産分割方法
ⅰ節税に固執せず、今後の生活も考えて遺産分割を行う
菊さんの問題(長男の妻に蔑ろにされる)を解決するための最善の方法は、
菊さんが望んでいる通りに、現在長男名義となっている土地と家を菊さんの名義に変える事です。
ですが、今から長男名義の不動産を菊さん名義に変えたい場合、
不動産は〝長男から菊さんへの贈与〟という形で名義変更するしかありません。
そして、この方法は年金収入しかない菊さんにとっては簡単な話ではないのです。
なぜかと言いますと、長男から菊さんへ不動産を贈与する場合には、
『贈与税』は当然の事、不動産の登記費用として2種類の税金がかかってしまうからなんです。
まず不動産の登記を行う際にかかる税金についてざっくりと説明しますと、
【不動産の登記を行う際にかかる税金】
不動産の登記に掛かる税金を計算する際には『相続登記』と『贈与登記』という分類があります。
亡くなった方の不動産を、その相続人の誰かが相続して登記を行う『相続登記』に関しては、
● かかってくる税率も低く、
● 結果的に支払う税金も少額で済むのですが、
生存中の方の名義を第三者に変える『贈与登記』に関しては、
● かかる税率も高く、
● 結果的に支払う税金も高額になってしまいます。
例えば『固定資産税評価額』が1,000万円の土地と家の贈与を受けた場合、
『登録免許税』と『不動産取得税』の合計50万円を納める必要があります。
では、『相続税評価額』1,000万円の土地と家の贈与を受けた場合の『贈与税』はいくらになるのでしょうか?
※今回は記事の内容を分かりやすくするために『固定資産税評価額』と『相続税評価額』を同額の1,000万円として計算していますが、実際には『固定資産税評価額』と『相続税評価額』が同額になる事はありません。
不動産の計算方法についてはこちらの記事をご確認下さい。
【贈与税】
『相続税評価額』が1,000万円の土地と家を贈与した場合、
年間110万円の『基礎控除』を超える部分である890万円に対して、贈与税が231万円課税されます。
結果、1,000万円の不動産の名義を長男から菊さんへ変更するためには、全て込みで281万円もの税金がかかってしまうのです。
菊さんには281万円もの税金を払う財産はありませんし、
なんとかお金を工面して贈与を受けて名義変更をしたとしても、菊さんが亡くなった際には、また長男名義に戻すわけですから、
再度 不動産登記料を必要とする行為に、長男夫婦が同意するはずもありません。
ですので、菊さんから相談を受けた際、
「お気の毒ですがこの問題についてはもうどうすることもできません」
と回答するしかありませんでした。
それ以来、
「うちには相続税はかからないんですが、住んでいる土地・建物の名義はどうしておいた方がいいでしょうか」
といった、菊さんのケースと同様の相談があった場合には、
● その家には現在 誰が住んでいるのか?
● 将来的に誰と一緒に住む予定なのか?
これらをお聞きした上で、今回のケースのお話をします。
その上で、
「1,000万円ほどの価値の不動産でしたら、相続登記による名義変更にかかる費用は10万円ほどですよ」
と言った説明と、
「なんでもかんでも1円でも節税すれば良いというものではなくて、
不動産登記料や司法書士への報酬が少々かかったとしても、まずはご自分の名義にしておかれたほうが無難ですよ」
と答えるようにしています。
また最後にもう一つだけ、別の方の相談内容をもとに、
● 老後も安心して生活するための注意点
● 賢い遺産分割のコツ
についてお話しておきます。
ⅱ生前贈与の額は、自分の生活費も考えた上で決める
相談者の一郎さんが所持していた財産は、
● 不動産:5,000万円
● 預金:5,000万円
と、ほぼ半々の割合で持っておられました。
「不動産だけでも相続税がかかるから、将来の相続税を減らすために子供や孫に預金の生前贈与を検討したい」
ということで、当事務所を訪問されました。
一郎さんの場合、財産が合計1億円あり、相続人は長男次男の二人だけでしたので、
そのまま何も節税対策をせずに相続が発生すると、兄弟二人が支払う相続税は770万円になります。
ですから、
「贈与しやすい預金を子供や孫達に生前贈与をして、節税対策を図りたい。」
という一郎さんの考え自体は何も間違っていないのですが、一郎さんの場合、あらかじめ自身で考えていた生前贈与のプランに問題がありました。
と言いますのも、一郎さんが持って来られたプランというのは、
「子供2人と孫4人・合計6人に、毎年110万円の贈与を7年間繰り返したい」
というものでした。
子供2人と孫4人・合計6人に110万円ずつの贈与を行えば、
● 1年間で660万円の財産が減り、
● 7年間繰り返せば合計で4,620万円の財産が減ることになります。
そうすると、
● 元々1億円あった一郎さんの財産は5,380万円になり、
● この財産額の場合の相続税は118万円になります。
一郎さんのプランで生前贈与を繰り返すと、
● 贈与税を1円も支払うことなく、
● 納める相続税が770万円から118万円になり、
● 何も対策をしない場合に比べて、652万円もの節税になるんですね。
一郎さんは、
「この方法で行きたいんですが、先生どうでしょうか。」
と尋ねてこられたのですが、私はこのプランに対して首を縦に振りませんでした。
と言いますのも、一郎さんや先ほどの菊さん一家のように、多くの方は
「1円でも将来の相続税を減らしたい」
と思って節税対策を考えておられるのですが、よくよく考えてみてください。
相談者の一郎さんがご自身のプランで生前贈与を繰り返してしまうと、
7年後には自身の金融資産が380万円しか残らないのです。
今は元気で家族仲が良かったとしても、先ほどの菊さん一家のように、これからどうなるかは誰にも分かりません。
● 病気を患えばいくらお金がかかるか分かりませんし、
● 老後に良い施設に入ろうとしてもお金が必要です。
その時になって、
「お金が必要だから贈与したお金から出してくれ」
と言っても、子供達にも生活があり、貰ったお金は残っていないかもしれません。
なので私は一郎さんに対して
「相続税の断固節税と過度になりすぎず、将来必要になるであろう最低限の財産は、なるべく確保しておかれたほうが賢明です。」
というアドバイスと、それに伴って不動産の売却も視野に入れるなどの節税プランを提案させていただきました。
このように、将来の節税対策を考えておられる方は絶対に、
● 〝数字が増えた・減った〟だけを見て考えるのではなく、
● 自分の将来のこともきちんと考慮した上で、
● 相続に特化した専門家の意見も取り入れつつ、
● 賢く効果のある節税対策を行ってもらえばと思います。